もういまはそう呼《よ》んでもいいが、――母はそのとき静《しず》かに答えた。
「あなたが法廷へこの事件《じけん》をお持ち出しになるのはご随意《ずいい》です。わたくしはあなたが夫《おっと》のご兄弟でいらっしゃるために、わざとそれをさしひかえたのでございます」
 ドアは閉《し》まった。そのとき、生まれて初《はじ》めてわたしは、母を、かの女がわたしにキッスしたようにキッスし返した。
「きみ、お母さんに、ぼくが秘密《ひみつ》をよく守ったことを話してくれたまえ」とマチアがわたしのそばに寄《よ》って来てこう言った。
「ではきみは残《のこ》らず知っていたのか」
「わたしはマチアさんにそれをそっくり言わずにいるようにたのんでおいたのです」とわたしの母が言った。「それはあなたがわたしの子だということはわかっていたけれど、わたしも確《たし》かな証拠《しょうこ》をにぎりたかったから、バルブレンのおっかさんに、着物を持ってここまで来てもらったのです。こんなにしたうえで、つまりそれがまちがいだということになったら、どんなにつらい思いをするかしれないからね。わたしたちはこれだけの証拠のあるうえは、もう二度と別《わか》れることはないのよ。あなたはこれからずっとあなたの母さんや弟といっしょにくらすのです」こう言ってマチアとリーズを指さしながら、「それから」と言いそえた。「あなたが貧《まず》しかったときおまえの愛《あい》したこの人たちもね」


     家庭で

 いく年か、それはずいぶん長い月日が短く過《す》ぎた。そのあいだしじゅう楽しい幸福な日が続《つづ》いた。わたしはいまでは、わたしの先祖《せんぞ》からのやしきであるイギリスのミリガン・パークに住んでいる。
 うちのない子、よるべのない子、この世の中に捨《す》てられ、忘《わす》れられて、運命のもてあそぶままに西に東にただよって、広い大海のまん中に、目標《もくひょう》になる燈台《とうだい》もなく、避難《ひなん》の港もなかったみなし子が、いまでは自分が愛《あい》し愛される母親や兄弟があるだけではない、その国で名誉《めいよ》のある先祖《せんぞ》の名跡《みょうせき》をついで、ばくだいな財産《ざいさん》を相続《そうぞく》する身の上になったのである。
 夜な夜な、物置《ものお》きやうまやの中、または青空の下の木のかげにねむったあわれな子どもが、いまは歴史《
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