であった。備《そな》えつけの家具も同様で、土の山と、二つ三つ大きな石がいすの代わりに置《お》いてあるだけであった。それよりもありがたかったのは、部屋のすみに赤れんがが五、六|枚《まい》、かまどの形に積《つ》んであったことである。なによりもまず火を燃《も》やさなければならぬ。
 なによりも火がいちばんのごちそうだ。
 さてまきだが、このうちでそれを見つけることは困難《こんなん》ではなかった。
 わたしたちはただかべや屋根からまきを引きぬいて来ればよかった。それはわけなくできた。
 まもなくたき火の赤いほのおがえんえんと立った。むろん小屋はけむりでいっぱいになったが、そんなことはいまの場合かまうことではなかった。わたしたちの欲《ほっ》しているのは火と熱《ねつ》であった。
 わたしは両手をついて、腹《はら》ばいになって火をふいた。犬は火のぐるりをゆうゆうと取り巻《ま》いて、首をのばして、ぬれた背中《せなか》を火にかざしていた。
 ジョリクールはやっと親方の上着の下からのぞくだけの元気が出て、用心深く鼻の頭を外に向けてそこらをながめ回した。安全な場所であることを確《たし》かめて満足《まんぞく》したらしく、急いで地べたにとび下りて、たき火の前のいちばん上等な場所を占領《せんりょう》して、二本の小さなふるえる手を火にかざした。
 親方は用心深い、経験《けいけん》に積《つ》んだ人であるから、その朝わたしが起き出すまえに道中の食料《しょくりょう》を包《つつ》んでおいた。パンが一本とチーズのかけであった。わたしたちはみんな食物を見て満足《まんぞく》した。
 情《なさ》けないことにわたしたちはごくわずかしか分けてもらえなかった。それはいつまでここにいなければならないかわからないので、親方がいくらか晩飯《ばんめし》に残《のこ》しておくほうが確実《かくじつ》だと考えたからであった。
 わたしはわかったが、しかし犬にはわからなかった。それでかれらはろくろく食べもしないうちにパンが背嚢《はいのう》に納《おさ》められるのを見ると、前足を主人のほうに向けて、そのひざがしらを引っかいた。目をじっと背嚢につけて、中の物をぜひ開けさせようといろいろの身ぶりをやった。けれども親方はまるでかまいつけなかった。
 背嚢はとうとう開かれなかった。犬はあきらめてねむる決心をした。カピは灰《はい》の中に鼻をつっこんでいた。わたしもかれらの例《れい》にならおうと考えた。けさは早かった。いつやむか、見当のつかない雪を見てくよくよしているよりも、白鳥号に乗って、ゆめの国にでも遊んだほうが気が利《き》いている。
 わたしはどのくらいねむったか知らなかった。目が覚《さ》めると雪がやんでいた。わたしは外をながめた。雪はひじょうに深かった。無理《むり》に出て行けばひざの上までうずまりそうであった。
 何時だろう。
 わたしはそれを親方にたずねることができなかった。なぜなら例《れい》のカピが時間を示《しめ》した大きな銀時計は売られてしまった。かれは罰金《ばっきん》や裁判《さいばん》の費用《ひよう》をはらうためにありったけの金を使ってしまった。そしてディジョンでわたしの毛皮服を買うときに、その大きな時計も売ってしまったのであった。
 時計を見ることができないとすれば、日の加減《かげん》で知るほかはないが、なにぶんどんよりしているので、何時だか時間を推量《すいりょう》するのが困難《こんなん》であった。
 なんの物音も聞こえなかった。雪はあらゆる生物の活動をそれなりこおらせてしまったように思われた。
 わたしは小屋の入口に立っていると、親方の呼《よ》ぶ声が聞こえた。
「これから出て行けると思うかな」とかれはたずねた。
「わかりません。あなたのいいようにしたいと思います」
「そうか、わたしはここにいるほうがいいと思う。まあまあ屋根はあるし、たき火もあるのだから」
 それはほんとうであったが、同時にわたしは食物のないことを思い出した。けれどもわたしはなにも言わなかった。
「どうせまた雪は降《ふ》ってくるよ。とちゅうで雪に会ってはたまらない。夜はよけい寒くなる。今夜はここでくらすほうが無事《ぶじ》だ。足のぬれないだけでもいいじゃないか」
 そうだ。わたしたちはこの小屋に逗留《とうりゅう》するほかはない。胃《い》ぶくろのひもを固《かた》くしめておく、それだけのことだ。
 夕飯《ゆうはん》に親方が残《のこ》りのパンを分けた。おやおや、もうわずかしかなかった。すぐに食べられてしまった。わたしたちはくずも残《のこ》さず、がつがつして食べた。このつましい晩食《ばんしょく》がすんだとき、犬はまたさっきのようにあとねだりをするだろうと思っていたが、かれらはまるでそんなことはしなかった。今度もわたしは、どのくらいかれら
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