わたしたちはまた少ししか歩いてはいなかった。雪の降《ふ》るまえにトルアに着くということは、むずかしいことに思われた。けれどわたしは心配しなかった。雪が降りだせば風がやんで、かえって寒さもゆるむだろうと思った。
 わたしはまだ雪風というものがどんなものだかよく知らなかった。
 しかしまもなくそれがほんとうにわかった。しかもわたしにはけっして忘《わす》れることのできないものであった。
 雲が東北からむくむく集まって来た。そこの空にかすかな明るみが見えたと思うと、やがて雲のふところが開いて、どんどん大きな雪のかたまりが落ちて来た。もう空中をちょうちょうのようにはまわなかった。ふんぷんとすばらしい勢《いきお》いで降《ふ》って来て、わたしたちの目鼻を開けられないようにした。
「とてもトルアまではだめだ。なんでもうちを見つけしだい休むことにしよう」と親方が言った。
 わたしは親方がそう言うのを聞いてうれしかったけれども、いったいうまく休むうちが見つかるであろうか。まだそこらが白くならないまえにわたしが見ておいたかぎりでは、一けんもうちは見えなかった。そればかりではない。おいおい村に近づいているという気配も見えなかった。
 わたしたちの前には底知《そこし》れぬ黒い森が横たわっていた。わたしたちを包《つつ》んでいる両側《りょうがわ》の丘陵《きゅうりょう》もやはり深い森であった。
 雪はいよいよはげしく降《ふ》ってきた。わたしたちはだまって歩いた。親方はおまけにひつじの毛皮服を持ち上げて、ジョリクールが楽に息のできるようにしてやった。ただときどき首を左右に動かさなければ息ができなかった。
 犬たちももう先に立ってかけることができなかった。かれらはわたしたちのかかとについて歩いて、早く休むうちを求《もと》めたがっているような顔をしていたが、それをあたえてやることができなかった。
 道はいっこうにはかどらなかった。わたしたちはとぼとぼ骨《ほね》を折《お》って歩いた。目を開けてはいられなかった。じくじくぬれた着物がこおりついたまま歩いて行った。もう深い森の中にはいっていたが、まっすぐな道で、わたしたちはさえぎるもののないあらしにふきさらされていた。そのうち風はいくらか静《しず》まったが、雪のかたまりはますます大きくなって、みるみる積《つ》もった
 わたしは親方がなにか探《さが》し物《もの》をするように、おりおり左のほうへ目を注ぐのを見たが、かれはなにも言わなかった。なにをかれは見つけようとするのであろう。
 わたしは長い道の向こうばかりまっすぐに見ていた。この森がもうほどなくおしまいになって、人家が現《あらわ》れてきはしないかという望《のぞ》みをかけていた。
 だが目の届《とど》く限《かぎ》り両側《りょうがわ》は雪にうずまった林であった。前はもう二、三間(四〜五メートル)先が雪でぼんやりくもっていた。
 わたしはこれまで暖《あたた》かい台所の窓《まど》ガラスに雪の降《ふ》るところを見ていた。その暖かい台所がどんなにかはるか遠いゆめの世界のように思われることであろう。
 でもやはり行くだけは行かなければならなかった。わたしたちの足はだんだん深く雪の中にもぐりこんだ。そのときふと、なにも言わずに親方が左手を指さした。なるほど、わたしはぼんやりと、空き地の中に堀立小屋《ほったてごや》のようなものを見た。
 わたしたちはその小屋に通う道を探《さが》さなければならなかった。でも雪がもう深くなって、道という道をうずめてしまったので、これは困難《こんなん》な仕事であった。わたしたちはやぶの中をかけ回って、みぞをこえて、やっとのことで小屋へ行く道を見つけて中へはいることができた。
 その小屋は丸太《まるた》やしばをつかねて造《つく》ったもので、屋根も木のえだのたばを積《つ》み重ねて、雪が間から流れこまないように固《かた》くなわでしめてあった。
 犬たちはうれしがって、元気よく先に立ってかけこんだ、ほえながらたびたびかわいた土の上をほこりを立てて転《ころ》げ回《まわ》っていた。
 わたしたちの満足《まんぞく》もかれらにおとらず大きかった。
「こういう森の中の木を切ったあとには、きこりの小屋があるはずだと思っていた」と親方が言った。「もういくら雪が降《ふ》ってもかまわないぞ」
「そうですとも。雪なんかいくらでも降れだ」とわたしは大いばりで言った。
 わたしは戸口――というよりも小屋に出入《しゅつにゅう》する穴《あな》というほうが適当《てきとう》で、そこにはドアも窓《まど》もなかったが――そこまで行って、わたしは上着とぼうしの雪をはらった。せっかくのかわいた部屋《へや》をぬらすまいと思ったからである。
 わたしたちの宿《やど》の構造《こうぞう》はしごく簡単《かんたん》
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