余り、幸福な身無し児であるよりも、不幸でも親のある児を、一層幸福なものと考えました。之は一寸妙な考え方で御座いますが、貴方が若し孤児であるなら、直ぐと同感して下されるような分りきった心持なのです。
 父は中途から彼の家庭へ入り込んで来た私を愛しては呉れませんでした。少し位かばって呉れても、憎まれていると思い取るのが、不遇な娘の持ち前なのですもの、私は始終父に憎まれているのだと判断しましたが、思えば、それが過ちの初めでした。
 私は父へ向って軽い憤りを感じました。何故小鳥屋に満足していた娘を、こんな所へ引張って来たのか? 貴方の仕打と貴方の心持とが一寸も私には理解出来ない。
 理解が出来ない。――そしてお互いが段々高慢に自分の立場を守るようになって参りました。然も之は愛着で離れ難い肉親の間に起きた事なのです。ああ、もっと急いで話しましょう。
 一番悪い悲しい事実は父が大勢の気味悪い男達を集めて、私の家で開く賭博で御座いました。之が初まると私は直ぐ小鳥たちの事を思い出して泣きました。直ぐにも喧嘩し相な人が、その心をじっとこらえ、話し一つせずに、眼を赤くして時間を過しているその有様、私は自分迄息がつまって、身動きも出来ぬようでした。之は何と云う物凄い殺気だった静粛でしょう。敗けてシクシクと泣く細い声なぞが聞える頃、彼等は一人ずつ、二十分丈時間を置いては帰って行って了うのです。一人残った父へ私は縋りつきました。『何うか、それ丈はやめて下さい。』私は涙を飲んで愬えました。賭博が悪いものだと云うハッキリした思想からではなく、あの二十分間ごとに一人ずつ帰って行く人たちの淋しく絶望した、殺気だった顔が怖くて仕方がなかったからです。何か復讐のようなものが起りはしないか? 私はそれを何より心配致しました。父は此の道の名人で、一回損をすると、四回は得をしました。そして、一回丈する損も、何だが態々やる計略らしかったのです。
 父は何故かその時大変に不快な顔をして居りましたが、いきなり、私を蹴倒して、肩へ痣をこさえる程強く、室の隅へ打ちつけました。
 私は処女の身体と云うものを大変大切にする質だったので、恐ろしい悲愁の中にも、実に明かな激怒を感じたので御座います。
『覚えてお出でなさい!』と私は倒れた儘で申しました。
 三日目の晩、父の元へは又しても不快な男たちが猫脊をして集まって来ました。彼等は燈火の光を厭相に眉へ皺を寄せて見やり、又独り言を呟いて、静かに! と注意されたりしました。皆が皆背光性の虫か長い魚の様でした。
『覚えてお出でなさい!』私はその言葉を考え続けて居りました。私は思い切って外へ飛び出し、夜更の町を通って、警察へ此の事を訴えました。大勢の人は巧みに逃れましたが、父丈は酔っていた為めに捕えられて了いました。
 斯んな忌わしい事件が起って後、若い母親の機嫌は大変嶮しくなりました。『お前は父親を罪人にした不孝者だ。何うして此の仕損じを償うか。』と私は責められました。そして私の良心も堪えられぬような手痛い傷を受けて悩み初めていたのです。私は真にあの罪の憎む可き事を考えて警察に訴えたのか? それとも父へ向って実母と自分との受けた侮辱を復報するためであったか? それが混乱した頭には分りませんでした。
 その中に父が監獄から帰って来て、大きい荒立った声で申しました。
『娘! 貴様に今日からバクチのやり方を教えてやるぞ! 馬鹿! お父さんに勝てる迄修業するんだ。さあ、やれ、斯うするんだ!』
 私は泣いて謝罪しましたが、気の荒立った父は何うしても肯きませんでした。監獄へ行く前よりも一層多くの悪辣と薄情とが父の心を横行して居りました。
 父を懲役人にした事の悔恨は益す私の胸に響きました。そして何が善で何が悪かも分らなくなって、唯済まないと云う心持で一杯になりました。私が父の命に服従し、父の荒立った心を少しでも慰め、又鎮めようとしたのは実にその為めだったのです。
 私はおハナを習いました。肩を打たれ乍ら色々の秘術を教授されました。ああ細い事は申せません。私は唯上手になって了ったんです。男の中へ入って一度敗れば二度勝つようになって了ったのです。
 ああ父は私にいやらしい事を云いつけたのです。『帳場へ坐ったら、若い女はなる可く膝を崩せ!』というのがそれなんで御座います。そうすると若い男たちの注意力が二つに割れて分れて了う、勝負に必要な思わくや相手の持っている札の種類を皆忘れて了う、と云うのが父の考えなので御座いました。
 私は悲しくて泣いていると、何時も後ろから蹴られました。そして、或夕方、私の家へ隣りから飛んで来たハンケチを、私が拾って返そうとしました時、継母が『一寸お待ち、』と云ってそれを取り上げると、又父が私を蹴りました。
『私は鞠じゃないんだよ!』と
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