に面した次の室の扉をウラスマルがいんぎんに引きあけると、其処から快い風のやうに這入つて来たのは、年の頃、二十位とも見ゆる小柄な――然し、均斉の好く取れた――一個の女性であつた。斯う云ふ場合、誰れもが感ずるらしい、気の引けるやうな、又、罪深いやうな心持ちをしながら、私は斜めに、彼の女をそつと一瞥《いちべつ》した。彼の女は名匠ヴェラスケスによつて屡《しばし》ば描かれたやうな卵形の顔をした、額の余り高くない美人であつた。彼の女の耳にはそれ程高価とも思へぬ耳飾りが下り、彼の女の左腕には三つ以上も象牙の腕輪がはまり、それが相互に当り合つて鳴り響いた。云ふ迄もなく彼の女はその深いまなざしと長い睫毛《まつげ》が語つてゐる通り、混り気のないアリア人であつた。
彼の女はその軽快な薄い唇に「……ルシムラ……」と云ふ風な、私には意味の分らぬ呟きをのぼしつつ、私へ向つても会釈《ゑしやく》した。
それから三人の会話が何《ど》う進んで行つたかを正確に思ひ起す事は不可能であるが、兎《と》も角《かく》も、女が男よりも一層快活であつた事|丈《だけ》は人々の想像し得る通りであつた。私の記憶が誤りでなくば、女は、たしか
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