二
 曾《かつ》て、私の不意の訪問が、ウラスマルの静かな心へ困惑と動乱とそして大きい羞恥をさへ与へた事を思うては、その後|成《な》る可《べ》くあの異人から遠ざかつてゐるやうにとの遠慮が私の心を占めるのは自然であつた。然も、私はウラスマルのすぐれた同族サーキヤムニの非常に珍らしい逸話の続きを、もう一度聞きたいと云ふ望みにかられて、再びあの無花果《いちじゆく》の立つてゐる庭へと足を向けたのである。尤《もつと》も、私はその場合でも、極く妥当な心づかひから、斯《か》う呟《つぶや》く事を忘れはしなかつた――
「明け方、早く、あたりが霞《かす》んでゐる内に彼を訪《たづ》ねて見よう。」私は夜の訪問で失敗したから、その失敗から遠ざかるため、全然類似せぬ時間を選んだ訳なのである。
 印度人には早起きのものが至つて多い。私が朝日の昇るよりも早く、ウラスマルの家を驚かした時、彼れは既に髪を梳《す》き終へ、石油厨炉で一個の鶏卵をゆでてゐた。然《しか》し、見受けた所、彼の機嫌はこの日も別段すぐれて明るいと云ふ程ではなかつた。
 私は彼れとの会話がさう容易には融合の中心へと這入《はい》つては行かないらしい事を、
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