つた。そのためか、それとも、他の動機からか、彼れは室《へや》の中を行つたり来たりしつつ、独《ひと》りで次の如き古風な音調を口誦《くちずさ》んだ――
「サバパーパス、カラーナンム、クシヤラース、ウパサムパーダ、サチッタパーリョウダパナーンム……」
 以上の言葉は彼れが散歩中に、又は沈思中に、時々呟くものであつたから、私はそれの大部分を記憶し、場合によつては、微笑しながら、ほんの戯れに、彼れと合唱する事さへ出来たのである。勿論その句の意味は私の知らぬ所であり、彼れ自身の教へようとせぬ所でもあつた。

「それにしても……」と、私はその夜更《よふけ》、一人で帰途を急ぎつつ、考へにふけつた。私の未だ無経験な頭には、その時、ふと、次の如き詩句が強い力で湧き起つて来るのだつた。
[#ここから2字下げ]
私は戸口に立つて、燈をかかげ
お前の行く道を照らしてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
「確かに……」と、私は再び空想した。ウラスマルは何かしら恋の如きものを経験してゐるに相違ない。それだからこそ彼れはあの秘密な行為を私から発見された時、異常な羞恥《しうち》を感じてたじろいだのであらう。

      
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