。豆ラムプの細い燈心には人の眼を竪《たて》にしたやうな形の愛らしい焔《ほのほ》がともつてゐて、その薄い光りが窓の前に伸びた無花果《いちじゆく》と糸杉の葉を柔らかく照し出して居た。勿論《もちろん》その時、室内にあるウラスマル君の顔も姿も私の見得る所ではなかつたし、私自身の足音も極く静かなものだつたので、私の来訪は彼れの気附く所でなかつた。
 私は未だその時、僅《わづ》か十九歳の少年であつた、その事を何《ど》うか酌量《しやくりやう》して許して貰《もら》ひたいのであるが、私はウラスマル君の斯《こ》んな行為が何んな目的から為《な》されてゐるのかと云ふ疑問に対して深い興味を持たずにはゐられなくなつた。
 それで私は息を殺し、横合の物影に佇《たたず》んで、事の成り行きをうかがつたのである。
 ウラスマル君の腕は突き出された儘《まま》少しも動かなかつた。晩春のゆるやかな風はむせるやうな若葉の匂《にほ》ひを闇の中に吹き送つて来ては、又吹き消しつつ、その終る事もない無形な遊戯をいくどでも繰り返してゐた。五分、十分、二十分さへが過ぎて行つた。然も、腕は依然として不動であり、燈の焔は人の眼を竪にしたやうな形
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