ブリキ板で張られ、床は質の好い瀬戸物で敷きつめられてゐた。東の隅《すみ》には古びた上流しが附いてゐた。昔は其処に洗面のための設備が全部ととのつてゐたのであらうが、今では、其処が水で濡《ぬ》れる機会もなく、ウラスマル君の書見台に代用されてゐたのであつた。
 この室の小さい窓は外部から覗《のぞ》き込まれぬため、非常な高所に開かれてゐた。それで、私が庭から窓へ向つて、
「ウラスマル君……」と呼ぶと、彼れは穴の底から湧《わ》き出して来るやうな沈んだ声で斯う答へた――
「ウエタミニ。今、踏み台へ乗るから。」間もなく、窓の扉《とびら》が動き、そして眉毛《まゆげ》と眼との間の恐ろしく暗い彼れの顔が其処へ表れるのだつた。

 或《あ》る闇《やみ》の夜、私は又しても、庭づたひに、この小窓をさして歩み寄つて行つた。そして、思ひがけぬ一つの状景を発見した時に、進まうとする足を急いでひかへる必要を感じたのだつた。
 見ると、若きウラスマル君の太い右腕が例の高い小窓から静かに突出してゐた――いや、そればかりでなく、その手は非常に古風な手下げラムプをしつかりと握つて、虚空《こくう》へ垂《た》れ下げてゐるのであつた
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