。」と、彼れは悲しげな声でささやいた。
四
私は大きな悔いを以つて、自分の誤解と錯覚とを顧みた。何故であらう? その答へを簡単に語るなら、斯うなのである。
――四ケ月以前、ウラスマルは、本国に唯だ一人残されてゐた母親を、横浜へ呼び寄せようとして、自分の儲《まう》けた可成り大きい金子《きんす》を故郷へと送つたのであつた。母は直ぐ旅に立つた。彼の女の乗り込んだ船はS・S・Y・丸であつた。けれども、途中、その汽船は他の非常に大きい汽船の船首へと、右舷を打ちつけた。約十尺ばかりの大穴が船腹に開くと見るまに、傷附いた船は高い浪《なみ》の中に沈んで了《しま》つたのである。その時はまだ非常に寒い季節の中にあつた。云ふ迄もなく、母親は悲惨な死を遂げ屍骸《しがい》の行衛《ゆくへ》さへも不明となつたのである。
――その母親が生前、儀式の時に限り、好んで身へつけたのがカシミヤブーケであつた。毎日をひどい悲しみで送り迎へてゐた孤児のウラスマルは、偶然にも、一日、シャンダーラム夫人が母のと同じ香水をつけてゐるのを嗅《か》ぎ、深い感動の内に、彼れは亡《な》き母の姿を幻覚した。彼れは懐《なつ》
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