来合してゐるのではないかとあたりへ眼をくばつた。然し、似よりの影も見当らぬので、私は直ぐ、ウラスマル君のうしろへと近づいて行つた。その時、突然、私の鼻を打つたものは、若葉の匂《にほ》ひから明確に分離してゐる、あのカシミヤブーケの高い香《かを》りであつた。その香りは又しても私の心底へ「恋の奴《やつこ》の哀れさ」を想起せしめるに充分であつた。
私は彼れの肩をうしろからそつと叩《たた》いた。彼れは驚いて、彎曲にしてゐた背骨を急に反《そ》りかへらせた。見ると、彼れの眼は心持ちうるほうて、その深さを一層濃いものにしてゐるやうだつた。そこで私は彼れの率直な挙動を哀れがりつつ、慰め顔に斯う云つて見た――
「話して下さいよ。貴方の恋の事を……」
「恋?」と異国人は黒い眼を奥底から光らした。
「だつて、貴方の香水がそれを語つてゐますよ。」
「あゝ、それは大変ちがふ……あの若い女は最近本国から浮浪して来た乞食《こじき》の一種なんです。彼の女の腕環《うでわ》なぞも、高利をはらつて、或る印度商人から借りてゐるものに過ぎぬ。私は彼の女と二人きりで同席する事を恥ぢたからこそ、風琴迄持出して貴方を引きとめたのです
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