云つた――
「では好い? 私が親指でこの穴をおさへてゐて上げるから、出来るだけ、そつと弾くのよ。」
この悲む可《べ》き簡素を私は黙つてじつと見詰めた。と、手風琴は極く珍妙な節廻しで鳴り出した。女も興に乗つて来ると何かしら男へ向つて新らしい歌を弾くやうに註文し、さて、自身もあまり高くない声で、楽に合せつつ歌ひ出した。その歌曲には馬のひづめの音や、いななきを真似《まね》た音楽が仕組まれてゐて、可成りに興の深いものであつた。
其処へ、いきなり声をかけたのは、同居者のシャンダーラム夫人であつた。彼の女は半白の髪を平らに撫《な》でつけ、白いレースで胸を蔽《おほ》ひ、恐ろしく大きい出眼を早く動かしながら、三人を一瞬の内に見廻して這入つて来た。
彼の女は直ぐウラスマルへ斯う呟いたのである――
「お約束のカシミヤブーケは之だけしか上げられませんよ。」そして、前へ出した彼の女の黒い手には、二三滴の香水をひそませた一個の壜《びん》が握られてゐた。すると、例の若い女は急に頓狂《とんきやう》な声で笑ひ出し、そして、口早に軽侮の言葉を射放つた――
「この野暮な人が香水ですつて?」
三
そ
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