で一旦は拒まれんとしたがせっかくに願い出でたるに対しこれを拒むことになると、武家の面目を傷つけ、感情を害する恐れがあるとの説が通って、ついに参内を許さるることになったのであった。しかしそれでもなお不平な公卿があって、禁色を聴《ゆる》された者が雑役に服する例のないことを言い張り、将軍参内当日には祗候せぬ、とダダをこねた話もある。将軍に対しての待遇すでにかくのごとくであるからして、公卿と武人との交際においてもまたこれに類することが往々にしてあった。たとえば連歌の会のごとき、風流の席であって、必ずしも階級をやかましく言わず、公卿も武人も地下も、共に膝を交えて韻事を楽しんでいるように見えるけれど、その実はなかなかそんなに平民主義の徹底したものではなく、階級の障壁をばあくまでも取り除くまいとつとめた。ある年の始めにさる公卿の家で連歌の発会のあった時、杉原某という武人が講師を勤めたことがあるが、それに出席した一公卿は、雲客坐に在るにもかかわらず、その中から講師を選ばず、また主人の公卿がその任に当ることもなさずして、この名誉の職を武辺者《ぶへんもの》に勤めさすということは、はなはだ不審なことだと、そ
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