くなった場合もあろう。地頭の名義人が女でも小児でも、さては僧侶でも差支えないということになったのであるから見れば、あまり確実に職務が行なわれたらしくもないのである。建武中興から始まったいわゆる南北朝の争いは、ちょうどこの荘園の有様が移りゆきつつあった、その過渡の最中に起った出来事であって、絶えざるその兵乱のために、無意味な地頭の増加は、あるいは一時食い止められたのであろうけれども、南北合体とともにまた最初の傾向どおりに大勢は動き出したのである。さてこうなると、最初からして責任なくして権利のみあった本所や領家はもちろんのこと、地頭ですらも全く無責任のものとなり、荘園内に善意の有力者がある場合をば別として、さもなければ全く無秩序の状態に陥ることとなったのだ。かような有様が永続されては、本所や領家や地頭名義人にはよいかも知れぬけれど、日本のためにはこの上ない災難である。本所や領家は、最初鎌倉からして地頭を置かれた時には大いに憤慨し、何とかして侵害された権利を恢復しようと焦慮したのであるけれども、承久・建武の経験をした後は、もはやあきらめをつけ、この上は武家と争うことを止めるのみならず、反対に
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