武家の勢力を利用して、もってまだ手許に残って失われずにある権利だけを繋ぎ留めようとした。まことに思い切りのよい賢い分別である。しかしながらそれでもなお無責任者の手に莫大なる権利を残しているのであるからして、日本の健全なる発達のためには、荘園制度をばどうにかして顛覆する必要があり、実際に大勢はその打破に向って進みつつあったのだ。かの守護あるいはその下にある有力な被官人らが荘園を横領し、年貢を本所領家に運ばなくなったのは、すなわち成るべきように成り行《ゆ》いたもので、それらの横領者の御蔭でもって、将来の日本の秩序が促進されるということになったのだ。されば足利時代の末が群雄割拠の形勢になったということは、日本のためにひたすら悲しむべきこととのみはいい難く、しかしてこの大勢を促進したのは、すなわち応仁の乱であってみると、この兵乱は日本の文明史上案外難有味のあるものになる。ところが一条禅閤兼良は曠世の学者であったとはいいながら、政治家としては極めて簡単な保守主義で、准后親房のような達識ではなかった。この大勢を看破せず狂瀾を既倒に回さんとのみ考えた。して見ると日野家の出なる義政夫人を母とし、この兼
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