あるいは一乱以後という語をしばしば用いている。そもそも応仁の乱というものは、輦轂《れんこく》の下、将軍の御膝元での兵乱としては、いかに足利時代にしても、まことに稀有の大乱で、これを眼前に置きながら制馭《せいぎょ》し得なかった将軍の無能は、ここに遺憾なく曝露され、それまでにすでに横暴をやりかけておった地方の守護およびその他の豪族は、ますますその我儘に募り出したとはいうものの、応仁の乱は、足利時代史において珍しい性質の兵乱とはいえない。応永・嘉吉にあった騒動をただ一層大袈裟にやったまでのことに過ぎぬ。したがって応仁の乱は乱離の傾向に加速度を与えたには相違ないけれど、太平な世の中がにわかにこれがためにどうこうなったのでは決してない。本をただせば応仁以前の状態が、すでに永続し難い無理な状態なのだ。武家政治創始以来さなきだに不都合な荘園制度が、ますます不都合なものとなり、最初段別五升を収めるかわりに、荘園内の警察事務を行なっておった地頭なるものは、後には地頭職という名の下に、その収入のみをも意味することとなり、その職務の方は地頭代がこれを行なうこと一般の例となった。あるいは全くこれを行なう者がな
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