、人工で以て作り上げるよりも、さらにむずかしいこと勿論の話であるからして、その辺は読者の諒察を仰ぐ。
 三条西実隆は康正元年に生れ、天文六年八十三歳をもって薨じ、その日記も文明六年すなわちその二十歳の時からして、天文四年すなわちその八十一歳の時に至るまで、六十一年間のことを書きとめてある。一身でかく久しい間浮世の転変を味わったのであるが、およそ六十年といえば、その前と後とでは、世態も人情も少しならず変遷すべきであるからして、その移りゆきつつあった世の中に処した実隆の生活も、また随分と変わったに相違ない。けれどもその変遷の刹那刹那を活動写真のように描き出すことは不可能であるからして、便宜のために実隆の生活を三方面に分って記述することにしよう。第一はその家庭における私生活、第二は廷臣としての公生活、第三は文学者としての生活である。しかしてこれらを叙する前に、応仁一乱以後の京都の有様について先ず一言することにしよう。
 最初からしてあまり太平とは評し難かった足利の天下は、応仁の一乱を終って乱離いよいよはなはだしくなった。そこで当時の人々ですら、この兵乱をもって歴史上の大なる段落とし、一乱以前
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