の伝播に最も必要なる書籍の足利時代に入ってから頻繁に刊行されたということも伝播を促す原因を成すと同時に、伝播の可能である形勢を前提として始めて起こり来るべきことである。小人数の仲間にのみ行なわれ、一局地以外に伝播する見込みのない時代にたとい木版とはいいながらも、とにかく書籍の刊行がしばしば行なわれるはずがなかろう。まだ以上のほかに足利時代の交通を論ずるにあって忘れてはならぬことは、当時の交通は陸よりも海を主としたということである。徳川時代からして以来陸上の交通が安全になり便利になったその状態に馴致《じゅんち》し、その旅行に際しては、主として鉄道によりて海路を避け、やむを得ず乗船するとしても、いわゆる聯絡航路なるものを採って、なるべく乗船時間を短縮せんとする現在の日本人は、徳川時代以前の交通に関してややもすれば誤れる考えに陥りやすく、当時の田舎人が京都に往来するには専ら陸路により、あたかも徳川時代の関西と江戸との間の往来が五十三次を伝わったごとくに、つねに長亭短亭を一々に経過しつつ旅行したものの様に考えむとする。換言すれば五畿七道という建制順序に過重の意義を付し、京都からして東海、東山、
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