たこともあり、実隆が宗長の所望に任せて抄物を譲り渡した時、宗長から代物として送って来た黄金一両を取り次ぎ、のみならずその黄金を両替してやったのも玄清で、その後いくばくもなく実隆が『伊勢物語』の本を玄清に遣わしたと日記に見えるのは、多分それらの礼心にくれたのであったろう。宗碩に至りては、しばしば美濃に往来した者であるので、実隆は同国苧関用脚の件につき、宗碩を煩わしたこともある。それ以外に宗碩は実隆のために金策をしてやり、また梅子の枝を実隆に、茶・杏一袋ずつを三条西家の不寝番の男どもに贈ったことも日記にある。その能州に行脚した時などは、行脚先きから書状に黄金二切を添えて送り来ったことすらある。肥後の鹿子木に『源氏』売却の周旋をしたのも宗碩である。宗碩のみならず、その小女までが乳母附添で実隆邸に来たことのあるのに徴すれば、宗碩は他の宗祇門下の人々よりもいっそう深く三条西家と関係のあったかも知れない。以上の三人のほかにも宗祇の弟子で宗聞という者が蟹醤一桶を実隆に送ったことが日記にあるが、その他の弟子につきては姓名の日記に見えるのみで記事のない者が多い。
 宗祇の門下は素人の方面になかなかに多か
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