女房奉書を、宗祇に賜わることになって、勾当内侍《こうとうのないじ》これを認め、実隆はこれを渡すために、宗祇の庵へと出向いたが、折節宗祇は他行不在であったから、留守の者にこれを渡して帰った。宗祇は庵に戻って見ると忝き恩命を拝したことがわかり、一壺の酒と一緡《いちびん》の銭とを持って、すぐさま実隆のもとへ礼を述べに駈けつけたが、今度は実隆の方が留守であったので、土産物を残して帰った。『新撰菟玖波集』には御製の金章長短の宸筆《しんぴつ》をも交えているので、禁裏でも等閑《なおざ》りの献上物のごとく見過ごされず、叡覧のうえ誤謬でも発見せられたものか、女房奉書を賜わった翌々日、また実隆に仰せて今一度校合の仕直しをして進上するようにと宗祇に命ぜられた。そこで宗祇はさらに宗坡とともに校合してこれを差し上げたのである。かくのごとくして宗祇の名九重の上に達し、明応七年十一月には禁裏からして三荷二合の酒肴を宗祇法師に下さるることになった。これもまた実隆の伝達によったので、翌日宗祇天恩の有り難きを謝し、かつ挨拶のため実隆邸を訪い、天恩の一荷を頒ちて、もって当座の礼心を表したとある。実隆はかく宗祇を禁裏に推挙し
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