葎《むぐら》のからみついた門などはもう開らかなくなっていた。そうして築土《ついじ》のくずれがいよいよひどくなり、ときおり何かの花などを手にした裸か足の童がいまは其処から勝手に出はいりしている様子だった。
なかば傾いた西《にし》の対《たい》の端に、わずかに雨露をしのぎながら、女はそれでもじっと何物かを待ち続けていた。
最後まで残っていた幼い童もとうとう何処かに去ってしまった跡には、もう一方の崩れ残りの東の対の一角に、この頃田舎から上ってきた年老いた尼が一人、ほかに往くところもないらしく、棲《す》みついていた。それは昔この屋形で使われていた召使いの縁者だった。そうしてその尼は此の女をかわいそうに思って、ときどき余所《よそ》から貰ってくる菓子や食物などを持って来てくれた。しかしこの頃はもう女にはその日のことにも事を欠くことが多くなり出していた。――それでもなお女はそこを離れずに、何物かを待ち続けているのを止めなかった。
「あの方さえお為合《しあわ》せになっていて下されば、わたくしは此の儘《まま》朽《く》ちてもいい。」
そう思うことの出来た女は、かならずしも、まだ不為合せではなかった。
前へ
次へ
全23ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング