曠野
堀辰雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)中務大輔《なかつかさのたいふ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)或|兵衛佐《ひょうえのすけ》を
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忘れぬる君はなかなかつらからで
いままで生ける身をぞ恨むる
拾遺集
一
そのころ西の京の六条のほとりに中務大輔《なかつかさのたいふ》なにがしという人が住まっていた。昔気質《むかしかたぎ》の人で、世の中からは忘れられてしまったように、親譲りの、松の木のおおい、大きな屋形の、住み古した西《にし》の対《たい》に、老妻と一しょに、一人の娘を鍾愛《いつく》しみながら、もの静かな朝夕を過ごしていた。
漸《ようや》くその一人娘がおとなびて来ると、ふた親は自分等の生先《おいさき》の少ないことを考えて、自分等のほかには頼りにするもののない娘の行末を案じ、種々《いろいろ》いい寄って来るもののうちから、或|兵衛佐《ひょうえのすけ》を選んでそれに娘をめあわせた。ふた親の心にかなったその若者は、何もかもよく出来た人柄だった上、その娘の美しさに夢中になってしまっていること
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