は、はた目にもあきらかだった。そうしてそれからの二三年がほどというものは、誰にとっても、何もいうところのない月日だった。
 が、そうやって世の中から殆ど隔絶しているうちに、その中務大輔のところでは暮らし向きの悪くなってゆく一方であることは、毎日女のもとに通って来る壻《むこ》にも漸くはっきりと分かるようになった。そのなかでは、男だけは以前と変らずに手厚いもてなしを受けてはいた。それはかえって男には心苦しかった。が、女との語らいは深まる一方だったので、男はその女のもとをばもはや離れがたく思うようになっていた。
 ところが、或年の冬、中務大輔は俄《にわ》かに煩いついて亡き人の数に入った。それから引きつづいて女の母もそのあとを追った。女は悲歎《なげき》のなかに一人きりに取り残されて、全く途方に暮れずにはいられなかった。勿論、男は相変らず夜毎に来て、そういう女をいたわり尽してはくれた。だが、世の中を知らない二人だけでは、すべてのことがいよいよ思うにまかせなくなって来ることは為方《しかた》がなかった。毎日宮仕に出てゆく男のためにもそれまでのように支度を調えることも出来《でき》悪《にく》かった。それ
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