れて往かれた。女は漸《や》っと事情が分って来ても、押し黙って、郡司のあとについてゆきながら、何か或強い力に引きずられて往きでもしているような空虚な自分をしか見出せなかった。
 守の前に出されると、ほのぐらい火影《ほかげ》に背を向けた儘《まま》、女は顔に袖を押しつけるようにしてうずくまった。
「おまえは京だそうだな。」守はそこに小さくなっている女のうしろ姿を気の毒そうに見やりながら、いたわるように問うた。
「…………」女はしかし何とも答えなかった。
 そうして女は数年まえのことを思い出した。――数年まえには、田舎上りの見ず知らずの男に身をまかせて京を離れなければならなかった自分が自分でもかわいそうでかわいそうでならなかった。そうしてそのときは相手の男なんぞはいくらでもさげすめられた。が、こんどと云うこんどは、その相手がかえって立派そうなお方であるだけに、そういう相手のいいなりになろうとしている自分が何だか自分でもさげすまずにはいられないような――そうしていくら相手のお方にさげすまれても為方《しかた》のないような――無性にさびしい気もちがするばかりだった。女にしてみると、こうして見出される
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