と眺められた。
守《かみ》は、すこし微醺《びくん》を帯びたまま、郡司《ぐんじ》が雪深い越《こし》に下っている息子の自慢話などをしているのをききながら、折敷《おしき》や菓子などを運んでくる男女の下衆《げす》たちのなかに、一人の小がらな女に目をとめて、それへじっと熱心な眼ざしをそそいでいた。他の婢《はしため》と同様に、髪は巻きあげ、衣も粗末なのをまとってはいたが、その女は何処やら由緒ありそうに、いかにも哀れげに見えた。その女をはじめて見たときから、守の心はふしぎに動いた。
宴の果てる頃、守は一人の小舎人童《ことねりわらわ》を近くに呼ぶと、何かこっそりと耳打ちをした。
その夜遅く、京の女は郡司のもとに招ぜられた。郡司は女に一枚の小袿《こうちぎ》を与えて、髪なども梳《す》いて、よく化粧してくるようにと言いつけた。女は何んのことか分からなかったが、命ぜられたとおりの事をして、再び郡司の前に出ていった。
郡司はその女の小袿姿を見ると、傍らの妻をかえりみながら、機嫌好さそうに言った。「さすがは京の女じゃ。化粧させると、見まちがうほど美しゅうなった。」
それから女は郡司に客舎の方へ伴《つ》
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