のあとの、うら枯れた、見どころのない、曠野《あらの》のようにしらじらと残っているばかりであった。「いっそもうこうして婢として誰にも知られずに一生を終えたい」――女はいつかそうも考えるようになった。
 此処に、女は、まったく不為合せなものとなった。
 山一つ隔てただけで、こちらは、梢にひびく木がらしの音も京よりは思いのほかにはげしかった。夜もすがら、みずうみの上を啼《な》き渡ってゆく雁もまた、女にとっては、夜々をいよいよ寝覚めがちなものとならせた。

 それから数年後の、或年の秋、その近江の国にあたらしい国守が赴任して来て、国中が何かとさわぎ立っていた。
 国内の巡視に出た近江の守の一行が、方々まわって歩いて、その郡司の館のある湖にちかい村にかかったときは、ちょうど冬の初で、比良《ひら》の山にはもう雪のすこし見え出した頃だった。
 その日の夕ぐれ、丘の上にあるその館では、守《かみ》は郡司たちを相手にして酒を酌みかわしていた。
 館のうえには時おり千鳥のよびかう声が鋭く短くきこえた。――すっかり葉の落ち尽した柿の木の向うには、枯蘆《かれあし》のかなたに、まだほの明るいみずうみの上がひっそり
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