萩や薄などをさびしい音を立てさせていた。どうかすると、ひとしきり時雨《しぐれ》の過ぎる音がそれに交じって聞えたりした。そうでなければ、郡司の息子が、ときどき自分の怖ろしさを紛《まぎ》らせようとでもするのか、あちこちと草の中を歩きまわっていた。……
そんな夜毎に、女は妻戸をしめ切って、ともし火もつけず、身の置きどころもないかのように、色の腿めた衣をかついだまま、奥のほうにじっとうずくまっていた。かくも荒れはてた棲《す》み家《か》では、奥ぶかくなどにじっとしていると、その儘何かの物のけにでも引っ張り込まれていってしまいそうな気がされて、女は怯《おび》え切り、殆ど寐《ね》られずに過ごすことが多いのだった。
或しぐれた夕方、尼は女のところに来ると、いつものように沁々《しみじみ》と話し込んでいた。「ほんとうにいつまで昔のままのお気もちでいらっしゃるのでございましょう。」尼はことさらに歎息するように言った。「それは今のようにでもして居られますうちはまだしも、此のわたくしでも若《も》しもの事がございましたら、どうなさるお積りなのですか。しかし、やがてそういうときの来ることは分かっています。」
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