に下がっている時には、ひねもす、此頃自分の事をいかにも頼りにし切っているような老いた父の姿などを恋しく思い浮べていた。亡き姉の遺児たちも、夜は大がい自分の左右に寝かすようにしていたのに、今はどうしているだろうと気がかりになってならない事もあった。が、そんな人知れない思いさえ、傍から人に、見られているかと思うと、どうも気づまりで思うようには出来悪《できにく》かった。
ときおり女が三条の屋形に下がって往くと、父母は炭櫃《すびつ》に火など起して、女を待ち受けていた。「おまえがいてお呉れだった時は、人目も見え、婢《はしため》たちも多かったが、此頃というものは、殆ど人けが絶えて、一日じゅう人ごえもしない位だ。ほんとうに心細くって為様がない。こんな具合では、一体、おれ達はどうなるのだろうなあ」そんな事を父は長々と女に云って聴かすのだった。御前などでは、他の女房たちの蔭に小さくなって、殆どあるかないかにしているのに、そんな自分も里に下りるとこれ程頼もしがられるのかと思うと、そんな事を云う父のみならず、云われる自分までが、なんだかいたわしくってならなかった。
が、五六日立つと、女は又気を引き立てる
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