た。その宮というのは、今をときめいている一の宮だった。が、昔気質《むかしかたぎ》の父母は、何かと気苦労の多い宮仕えには反対だった。女は勿論、父母の意に背いてまで、そんな宮仕えなどに出たいとも思わなかった。しかし、人々が「此頃の若いお方はみんな宮仕えに出たがっておりますよ。そうすれば自然に運がひらけて来る事もありますからね。ともかくも、ためしにお出しになっては――」などと、なおも熱心に勧めて来るので、とうとう父母もその女の行末を案じ、宮にさし出す事に渋々納得した。これまで安らかな無為の中にばかり自分を見出していた女は、急に自分の前に何やら不安を感じながら、それでも外に為様《しよう》がないように人々の云うとおりになっていた。
人出入の多い宮仕えは、世間見ずの女には思いの外につらい事ばかりだった。もとより、それが物語に描いてあるようなものではない事は、女も承知していた。が、冬の夜など、御前の近くに、知らない女房たちの中に伏しながら、殆どまんじりともしないでいる事が多かった。そうして女は夜もすがら、池に水鳥が寝わずらって羽掻《はが》いているのを耳にしたりしていた。又、昼間、自分の局《つぼね》
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