つにでも、――住むことが出来ておったならば、彼に似たような詩人にもなれていただろうと思うのは。私にはたった一つの部屋が(屋根裏の明るい部屋が)ありさえすれば好かったろうに。そうしたら、私はそこで自分の古い身のまわりの物や、家族の肖像や、書物だのと一しょに暮しただろう。それから私は椅子や、花や、犬や、石ころの多い小径のための丈夫なステッキも持ったろう。そしてその他には何ももう持たなかったろう。……が、すべてはそれとこんなにも異ってしまっているのだ。その訳は神様だけが知っていられる。私の古い家具類は、私が預かって置いて貰ってある或る納屋《なや》の中で朽ちつつあるのだ。そして私自身はと云えば、ああ私にはこのように屋根さえなく、雨は私の眼のなかにも降るのだ。」
まあ、この世のこんなところに、――こうして自分の気に入った屋根裏部屋をしばらくなりと借りられて、椅子や花や犬などと気持よさそうに暮している、恐ろしく出来損いのマルテといった恰好の自分、――それにしたって、その気持のいい何もかもがいつまでも自分のものであるわけのものではなく、そんなフランシス・ジャムのような詩人になり切れそうな日も、また
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