こんな二人きりには少し大き過ぎて持てあまし気味の小屋を、他にいくつもあった手頃な小屋よりも私に特に選ばせたのは、実はこのファイア・プレェスの傍に二つ三つ無雑作にころがっていた古い樫《かし》の木の椅子(昔から私はこんな椅子をどんなに欲しがっていただろう!)と、それからレムブラントの絵なんぞの入った額縁がいくつか裏を向けて埃まみれのまま壁に立てかけてあった小さな屋根裏部屋となのだ。いくら女房持ちになったって、こんな風な一向変らない私を知って、さぞ君は嬉しがってくれることだろうな? それとも少しは私達の行末が気になるとでも云うかね?
私はその屋根裏部屋をすぐ自分の部屋にきめて、そこに自分の椅子[#「自分の椅子」に傍点]のすべてと、それから去年火事ですっかり焼いてしまってから又ぽつぽつと集め出した少数の本の中から、特にリルケのだけを持ち込んだ。これは女房の奴には内証だが、私はこの屋根裏部屋にときどき閉じ籠っては、全く一人っきりで、昔の自分にそっくりそのままの自分に返って、心ゆくまで自分の青春に訣別《けつべつ》を告げようという陰謀。――が、その代り、階下の、女房と共同の部屋には、女房に買って貰
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