出したばかりだが、今日なんぞ、そこで焚木を拾っていたら、ぶんと蚋《ぶよ》らしいものがいきなり飛んできて、私の顔のまわりにいつまでもつきまとっていた。少しうるさかったが、なんだかちょっとそれに夏の気分を感じて、懐かしくもあった。――それほどもう夏の或るものがついそこまで来かけているというのに、それを除いたすべてのものにはまだ春さえ充分には行き渡っていない。夜なんぞはこれで想像以上に寒い。いまだっても、この手紙を書きながら、ファイア・プレェスに火を焚いているほどだ。しかしそれは私が昼間谷から自分で採ってきた僅かな焚木でも事足りる、わざわざ薪《まき》を買うほどのこともない……と、まあ、そういった位の余寒さだ。
 そう、まだ君にはこの新居のことを話さなかったね。御想像どおりの、相変らずの不便な山の中で、それに慣れっこの自分はともかくも、はじめての女房には、いささか可哀そうな位だし、それに家がすこし二人だけで住むのには大き過ぎたけれども、小屋のつくりが(こんなのを端西などで 〔Cha^let〕 というのだろうか)いかにも気に入ったので、思い切って借りた。――本当をいうと、こんな一番山奥の、それに
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