まうかも知れないなぞと考えたりしていた。
 彼はやっと帰って来た。私はさっきから自分の枕許に蝋燭をつけぱなしにしておいた。その光りが、服をぬごうとして身もだえしている彼の姿を、天井に無気味に映した。私はいつかの晩の幻を思い浮べた。私は彼に今まで何処へ行っていたのかと訊いた。彼は眠れそうもなかったからグラウンドを一人で散歩して来たのだと答えた。それはいかにも嘘《うそ》らしい云い方だった。が、私はなんにも云わずにいた。
「蝋燭はつけておくのかい?」彼が訊いた。
「どっちでもいいよ」
「じゃ、消すよ……」
 そう云いながら、彼は私の枕許の蝋燭を消すために、彼の顔を私の顔に近づけてきた。私は、その長い睫毛《まつげ》のかげが蝋燭の光りでちらちらしている彼の頬を、じっと見あげていた。私の火のようにほてった頬には、それが神々《こうごう》しいくらい冷たそうに感ぜられた。

 私と三枝との関係は、いつしか友情の限界を超《こ》え出したように見えた。しかしそのように三枝が私に近づいてくるにつれ、その一方では、魚住がますます寄宿生たちに対して乱暴になり、時々グラウンドに出ては、ひとりで狂人のように円盤投げをし
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