んだ……」とすこし具合が悪そうに云った。
「熱はないの?」彼が訊《き》いた。
「すこしあるらしいんだ」
「どれ、見せたまえ……」
 そう云いながら三枝は自分の蒲団からすこし身体をのり出して、私のずきずきする顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》の上に彼の冷たい手をあてがった。私は息をつめていた。それから彼は私の手頸《てくび》を握った。私の脈を見るのにしては、それは少しへんてこな握り方だった。それだのに私は、自分の脈搏《みゃくはく》の急に高くなったのを彼に気づかれはしまいかと、そればかり心配していた……
 翌日、私は一日中寝床の中にもぐりながら、これからも毎晩早く寝室へ来られるため、私の喉の痛みが何時までも癒《なお》らなければいいとさえ思っていた。

 数日後、夕方から私の喉がまた痛みだした。私はわざと咳《せき》をしながら、三枝のすぐ後から寝室に行った。しかし、彼の床はからっぽだった。何処《どこ》へ行ってしまったのか、彼はなかなか帰って来なかった。
 一時間ばかり過ぎた。私はひとりで苦しがっていた。私は自分の喉がひどく悪いように思い、ひょっとしたら自分はこの病気で死んでし
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