げた。それは格闘か何んかしているように、無気味に、揺れ動いていた。私の心臓はどきどきした。……が、それは一瞬間に過ぎなかった。私がその天井に見出した幻影は、ただ蝋燭の光りの気まぐれな動揺のせいらしかった。何故《なぜ》なら、私の蝋燭の光りがそれほど揺れなくなった時分には、ただ、三枝が壁ぎわの寝床に寝ているほか、その枕《まくら》もとに、もうひとりの大きな男が、マントをかぶったまま、むっつりと不機嫌《ふきげん》そうに坐っているのを見たきりであったから……
「誰だ?」とそのマントをかぶった男が私の方をふりむいた。
 私は惶《あわ》てて私の蝋燭を消した。それが魚住らしいのを認めたからだった。私はいつかの植物実験室の時から、彼が私を憎んでいるにちがいないと信じていた。私は黙ったまま、三枝の隣りの、自分のうす汚《よご》れた蒲団《ふとん》の中にもぐり込んだ。
 三枝もさっきから黙っているらしかった。
 私の悪い喉をしめつけるような数分間が過ぎた。その魚住らしい男はとうとう立上った。そして何も云わずに暗がりの中で荒あらしい音を立てながら、寝室を出て行った。その足音が遠のくと、私は三枝に、
「僕は喉が痛い
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