来て、知らず識《し》らずに身をすり寄せていた私たちを思わず離れさせた。――そんなヴィラの数がだんだん増え出して来たらしいことが、いくらか私たちをほっとさせていた。……
突然、私は心臓をしめつけられたように立ち止まった。私はそれらのヴィラに見覚えがあり出すのと同時に、これをこのまま行けば、私がこの日頃そこに近寄るのを努めて避《さ》けるようにしていた、私の昔《むかし》の女友達の別荘《べっそう》の前を通らなければならないことを認めたのだ。そして私は、その一家のものが二三日前からこの村に来ていることを宿の爺《じい》やから聞いて知っていたのだ。しかしもうさんざん彼女を引っ張りまわした挙句《あげく》だったし、私もかなり歩き疲《つか》れていたので、この上|廻《まわ》り道をする気にはなれずに、私は心ならずもその別荘の前を通り抜けて行くことにした。……だんだんその別荘が近づいて来るにつれ、私はますます心臓をしめつけられるような息苦しさを覚えたが、さて、いよいよその別荘の真白《まっしろ》な柵《さく》が私たちの前に現われた瞬間《しゅんかん》には、その柵の中の灯りの一ぱいに落ちている芝生《しばふ》の向うに、
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