すっかり開け放した窓枠《まどわく》の中から、私の見覚えのある古い円卓子《まるテエブル》の一部が見え、その上には、人々が食事から立ち去ってからまだ間もないと言ったように、丸められたナプキンだの、果物の皮の残っている皿《さら》だの、珈琲茶碗《コオヒイぢゃわん》だのが、まだ片づけられずに散らかったまま、まぶしいくらい洋燈《ランプ》の光りを浴びてきらきらと光っているのを、私は自分でも意外なくらいな冷静さをもって認めることが出来た。いい具合《ぐあい》に其処《そこ》には誰《だれ》も居合わさなかったせいか、それともまたそれは、その瞬間までに、私のなかの不安が、既にその絶頂を通り越《こ》してしまっていたせいであったろうか? ともかくも、私はかなり平静に近い気持で、ただちょっと足を早めたきりで、その白い柵の前を通り過ぎることが出来た。……そんな私の心のなかの動揺《どうよう》には気づこう筈《はず》がなく、彼女は急に早足になった私のあとから、何んだか怪訝《けげん》そうについて来ながら、
「まだ、なかなか?」とすこし不安らしく私に声をかけた。
「うん……ますます見当がつかないんだ」
「そんなことばかし言って…
前へ
次へ
全100ページ中94ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング