丘《おか》の方へ彼女を案内するため、いましがた登ってきたのとは異《ちが》った山径を選んでいるうちに、どう道を間違《まちが》えたのか、そのへんからもう下り道になってもよさそうな時分だのに、いつまでもそれが爪先《つまさ》き上りになっていて、私たちはその村の中心からはますます反対の方へ向いつつあるような気がしてきた。まだこの村にこんな私の知らない部分があることを心のうちでは驚《おどろ》きながら、しかし私はそのへんをいかにも知り抜《ぬ》いているように装《よそお》いながら、さっさと彼女を導いて行った。が、私たちはともすると無言になるのだった。……いつのまにやらもうすっかり日が暮れていた。私たちの歩いている道の両側の落葉松《からまつ》などが伸《の》び切って、すこし立て込《こ》んでいたりすると、私はほとんど彼女の着ているワンピイスの薔薇色《ばらいろ》さえ見さだめがたい位であった。ただときどき彼女の肩《かた》が私の肩にぶつかるので、自分の傍《そば》に彼女を近ぢかと感じながら歩いていた。そうかと思うと、木立の間からだしぬけにその奥《おく》にあるヴィラの灯《あか》りが下枝《したえ》ごしに私たちの肩に落ちて
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