風に私たちの歩いている山径《やまみち》の見当がちょっと付きかねていたのだけれど、私はわざとそれを冗談《じょうだん》のように言い紛《まぎ》らわせていたのだった。
――その日、私が私の「美しい村」の物語の中に描《えが》いた、二人の老嬢《ろうじょう》たちのもと住まっていた、あの見棄《みす》てられた、古いヴィラの話を彼女にして聞かせると、それをしきりに見たがったので、私自身はもうそんなものは見たくもなかったのだけれど、その荒《あ》れ果てたヴェランダから夕暮《ゆうぐ》れの眺めがいかにも美しかったのを思い出して、夕食後、ともかくもそのヴィラまで登って行ってみることにした。恐らくあの家はまだあのまんまになっているだろうと予想しながら。……が、だんだんそのヴィラが近づいてくるにつれ、私は何んだか急にそんな自分の夢《ゆめ》の残骸《ざんがい》のようなものを見に行くのが厭《いや》な気がし出したので、そろそろ日が暮れかけて来たのをいい口実に、まだ山径がこれからなかなか大へんだからと言って、私たちはその途中から引っ返すことにした。――その帰り途《みち》、私はその代りに、まだ彼女が知らないというベルヴェデエルの
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