い歓《よろこ》ばしさを感じ出した。
私たちは、少しぎごちなさそうに腕を組んだまま、例の小さな木橋を渡った。それからその流れの反対の側に沿って、サナトリウムへの道に這入《はい》って行った。その途中にずっと続いている野薔薇《のばら》の生墻《いけがき》は、既《すで》にその白い小さな花をことごとく失った跡だった。そんな葉ばかりになってしまっている野薔薇の茂みは、それらが花を一ぱいつけていた頃のことを、殆んど強制的に私に思い出させはしたけれど、私はそれがどんなになっていようとも、もうそれには少しも感動できなくなっていた。それほどあの頃からすべてが変っていた。そしてそれが何もかも自分の責任のような気がされて、私はふっと気が鬱《ふさ》いだ。……が、それらの生墻の間からサナトリウムの赤い建物が見えだすと、私は気を取り直して、黄いろいフランス菊《ぎく》がいまを盛《さか》りに咲きみだれている中庭のずっと向うにある、その日光室《サン・ルウム》を彼女に指して見せた。丁度、その日光室の中には快癒期《かいゆき》の患者《かんじゃ》らしい外国人が一人、籐椅子《とういす》に靠《もた》れていたが、それがひょいと上半身を
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