つめだした。熱心に絵を描こうとしているときの彼女が、こんな男のような、きびしい眼つきになるのを私はよく知っていたものだから、私はそれっきり黙《だま》っていた……。
そんな風に、私がちょっとでも彼女から離《はな》れている間に、私なしに、彼女がこの村で一人きりで知り出しているすべてのものが、私に漠《ばく》として不安を与《あた》えるのだった。或る日、彼女は、昔は其処《そこ》に水車場があったと私の教えた場所のほとりで、屡《しば》しば、背中から花籠《はなかご》を下ろして、松葉杖《まつばづえ》に靠《もた》れたまま汗《あせ》を拭《ふ》いている、跛《ちんば》の花売りを見かけることを私に話した。彼女の話すようなものをついぞ見かけたことのない私には、そんな跛の花売りのようなものと彼女が屡しば出会うことすら、自分でも可笑《おか》しいくらい、気になってならなかった。
※[#アステリズム、1−12−94]
或る朝、私は私の窓から彼女が絵具箱をぶらさげて、裏の坂を昇《のぼ》ってゆくのを見送った後、そのまんまぼんやり窓にもたれていると、しばらくしてからその同じ坂を、花籠を背負い、小さな帽子をかぶっ
前へ
次へ
全100ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング