《きふだ》がぶらさげられた。そしていまや、その横町の両側の花畑には、向日葵《ひまわり》だの、ダリヤだの、その他さまざまの珍らしい花が真っさかりであった。……
 私はそんな二軒の花屋の物語を彼女に聞かせながら、その私の大好きな横町へ、彼女の注意を向けさせた。
 水車の道の上へ大きな枝を拡《ひろ》げている、一本の古い桜《さくら》の木の根元から、その道から一段低くなっている花畑の向うに、店の名前を羅馬字《ロオマじ》で真白にくり抜いた、空色の看板が、さまざまな紅だの黄だのの花とすれすれの高さに、しかしそれだけくっきりと浮《う》いて見えている。――そんな角度から見た一|軒《けん》の花屋の屋根とその花畑を、彼女は或る日から五十号のカンバスに描《えが》き出した……。
 しかしその水車の道はそのへんの別荘の人たちが割合に往《ゆ》き来するので、彼女のまわりにはすぐ人だかりがして困るらしかったが、私は一|遍《ぺん》もその絵を描いている場所へ近づこうとはしないでいた。そんな人目につき易《やす》い場所で私が彼女と親しそうにしているのを、私の顔見知りの人々に見られたくなかったからだ。で、私は自分の部屋に閉《と》
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