。そしてその一方の花畑などは、水車の道を越《こ》して、更《さ》らにその道の向うまで氾濫《はんらん》していた。……つい先頃までは、あんなに何処《どこ》もかしこも花だらけであったこの村では、この二軒の花屋は、ほとんどその存在さえ人々から忘れられていた位であったが、やがてその季節が過ぎ、それらの野生の花がすっかり散って、それと入れ代りに今度は、これらの畑で人工的に育て上げられた、さまざまな珍らしい花が、一どにどっと咲《さ》き出したものだから、その横町を通り抜ける者は誰《だれ》しもその美しい花畑に眸《ひとみ》をみはらないものは無いくらいであった。だが、その二軒並んだ花屋の前を通りすがりに、注意をしてそれらの店の奥《おく》に坐《すわ》っている花屋の主人たちに目を止めた者は、一層の愕《おどろ》きのためにその眸をもっと大きくせずにはいられなかったであろう。と言うのは、その一方の店の奥にきょとんと坐っている白い碁盤縞《ごばんじま》のシャツを着た小柄《こがら》な老人を認めたのち、次の花屋の前にさしかかると、何んとその奥にも、つい今しがたもう一方の奥に見かけたばかりのと寸分も異《ちが》わない、小柄な老人が
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