もあった。
そんな風に、私は彼女と暮方近い林のなかを歩きながら、まだ私が彼女を知らなかった頃、一人でそこいらをあてもなく散歩をしていたときは、あんなにも私の愛していた瑞西《スイス》式のバンガロオだの、美しい灌木《かんぼく》だの、羊歯《しだ》だのを、彼女に指して見せながら、私はなんだか不思議な気がした。それ等のものが今ではもう私には魅力《みりょく》もなんにも無くなってしまっていたからだ。そうして私は彼女の手前、それ等のものを今でも愛しているように見せかけるのに一種の努力をさえしなければならなかった。それほど、私自身は私のそばにいる彼女のことで一ぱいになってしまっているのだった。……そうしてそんな薄《うす》ぐらい道ばたなどで、私は私の方に身を靠《もた》せかけてそれ等のものをよく見ようとしている彼女のしなやかな肩へじっと目を注ぎながら、そっとその肩へ私の手をかけても彼女はそれを決して拒《こば》みはしないだろうと思った。そして私は或《あ》る時などは、その肩へさりげないように私の手をかけようとして、彼女の方へ私の上半身を傾《かたむ》けかけた。私の心臓は急にどきどきしだした。が、それよりももっと
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