に腰《こし》かけていた。爺やはときどき羊歯を植えつける場所について私に助言を求めた。その度毎《たびごと》に、私の胸はしめつけられた。
一通りみんな植えつけてしまうと、爺やは私のそばに腰を下ろした。私の与えた巻煙草《まきたばこ》を彼は耳にはさんだきり、それを吸おうとはせずに、自分の腰から鉈豆《なたまめ》の煙管《きせる》を抜《ぬ》いた。
私はふだんの無口な習慣から抜け出ようと努力しながら、これもまた機嫌買いらしい爺やを相手に世間話をし出した。
「爺やさん、峠《とうげ》の途中に気ちがいの女がいるそうだけれど、それあ本当なのかい?」
「へえ、可哀《かわい》そうにすこし気が変なんでございますよ、――先《せん》にはうちでもちょいちょい何かくれてやりましたもので、よく山からにこにこしながら、いろんな花を採って来てくれたりしましたっけが。……ただ、そいつの亭主《ていしゅ》というのが大へんな奴《やつ》でしてね、こっちからわざわざ何か持って行ってやったりしますと、いつも酔払《よっぱら》っていちゃあ、『くれるというものなら貰《もら》っといたらいいじゃねえか』と、嬶《かかあ》の気の毒がるのを叱《しか》りつ
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