な》れない、いかにも野生の花らしい花を、これから僕ひとりきりで思う存分に愛玩《あいがん》しようという気持は(何故《なぜ》なら村の人々はいま夏場の用意に忙《いそが》しくて、そんな花なぞを見てはいられませんから)何ともいえずに爽《さわ》やかで幸福です。どうぞ、都会にいたたまれないでこんな田舎暮《いなかぐ》らしをするようなことになっている僕を不幸だとばかりお考えなさらないで下さい。
 あなた方は何時頃《いつごろ》こちらへいらっしゃいますか? 僕はほとんど毎日のようにあなたの別荘の前を通ります。通りすがりにちょっとお庭へはいってあちらこちらを歩きまわることもあります。昔《むかし》はあんなに草深かったのに、すっかり見ちがえる位、綺麗《きれい》な芝生《しばふ》になってしまいましたね。それに白い柵《さく》などをおつくりになったりして。……何んだかあなたの別荘のお庭へはいっても、まるで他《ほか》の別荘の庭へはいっているような気がします。人に見つけられはしないかと、心臓がどきどきして来てなりません。どうしてこんな風にお変えになってしまったのか、本当におうらめしく思います。ただ、あなたと其処《そこ》でよく
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