意のようなものとしては考えられません。むしろ自然が僕に対してうるさいほどの好意を持っているような気さえします。僕の足もとになど、よく小さな葉っぱが海苔巻《のりまき》のように巻かれたまま落ちていますが、そのなかには芋虫《いもむし》の幼虫が包まれているんだと思うと、ちょっとぞっとします。けれども、こんな海苔巻のようなものが夏になると、あの透明《とうめい》な翅《はね》をした蛾《が》になるのかと想像すると、なんだか可愛《かわい》らしい気もしないことはありません。
どこへ行っても野薔薇《のばら》がまだ小さな硬《かた》い白い蕾《つぼみ》をつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。これがこれから咲き乱れて、いいにおいをさせて、それからそれが散るころ、やっと避暑客《ひしょきゃく》たちが入り込《こ》んでくることでしょう。こういう夏場だけ人の集まってくる高原の、その季節に先立って花をさかせ、そしてその美しい花を誰にも見られずに散って行ってしまうさまざまな花(たとえばこれから咲こうとする野薔薇もそうだし、どこへ行っても今を盛《さか》りに咲いている躑躅《つつじ》もそうですが)――そういう人馴《ひと
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