息《ためいき》をつきながら私が雨戸を繰ろうとした途端に、その節穴《ふしあな》から明るい外光が洩《も》れて来ながら、障子《しょうじ》の上にくっきりした小さな楕円形《だえんけい》の額縁《がくぶち》をつくり、そのなかに数本の落葉松《からまつ》の微細画《ミニュアチュア》を逆さまに描いているのを認めると、私は急に胸をはずませながら、出来るだけ早くと思って、そのため反《かえ》って手間どりながら雨戸を開けた。私が寝床《ねどこ》のなかで雨音かと思っていたのは、それ等の落葉松の細かい葉に溜《たま》っていた雨滴が絶えず屋根の上に落ちる音だったのだ。私はさて、まぶしそうな眼つきで青空を見上げた。私は寝間着のまま一度庭のなかへ出てみたが、それから再び部屋に帰り、そしてフラノの散歩服に着換《きか》えながら、早朝の戸外へと出て行った。私は教会の前を曲って、その裏手の橡《とち》の林を突《つ》き抜けて行った。私はときどき青空を見上げた。いかにもまぶしそうに顔をしかめながら。
 私が小さな美しい流れに沿うて歩き出すと、その径《みち》にずっと笹縁《ささべり》をつけている野苺《のいちご》にも、ちょっと人目につかないような花
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