な真っ白な提灯《ちょうちん》のようなものをぶらさげたのではないかと言うような、いかにも唐突《とうとつ》な印象を受けたのだった。やっとそれらがアカシアの花であることを知った私は、その日はその小径をずっと先きの方まで行ってみることにした。アカシアの木立の多くは、どうかするとその花の穂先《ほさき》が私の帽子《ぼうし》とすれすれになる位にまで低くそれらの花をぷんぷん匂《にお》わせながら垂らしていたが、中にはまだその木立が私の背ぐらいしかなくって、それが殆ど折れそうなくらいに撓《しな》いながら自分の花を持ち耐《た》えている傍《そば》などを通り過ぎる時は、私は何んだか切ないような気持にすらなった。アカシアの並木は何処《どこ》まで行っても尽《つ》きないように見えた。私はとうとう或る大きなアカシアを撰《えら》んでその前に立ち止まった。私は何とかしてこれらのアカシアの花が私に与えたさっきの唐突な印象を私自身の言葉に翻訳《ほんやく》して置きたいと思ったのだ。それらの花のまわりには無数の蜜蜂《みつばち》がむらがり、ぶんぶん唸《うな》り声を立てていた。しかしそれらの蜜蜂は空気のなかで何処で唸っているともつかな
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