白い柵はいつ出来たの?」と訊《き》いた。
「あれですか……あれは一昨年でした」
「一昨年ね……」
私はそれっきり黙《だま》っていた。爺やのいじくっている植木の一つへ目をやりながら。それからやっとそれに白い花らしいものの咲いているのに気がつきながら訊いた。
「それは何の花だい?」
「これはシャクナゲです」
「シャクナゲ? ふうん、そう言えば、じいやさん、このへんの野薔薇《のばら》はいつごろ咲くの?」
「今月の末から、まあ、来月の初めにかけてでしょうな」
「そうかい、まだ大ぶあるんだね。――一体、どのへんが多いんだい?」
「さあ……あのレエノルズさんの病院の向うなんか……」
「ああ、じゃ、あそこかな、あの絵葉書にあった奴《やつ》は。……」
その翌朝は、霧《きり》がひどく巻いていた。私はレエンコートをひっかけて、まだ釘づけにされている教会の前を通り、その裏の橡《とち》の林の中を横切って行った。その林を突き抜けると、道は大きく曲りながら一つの小さな流れに沿うて行った。しかしその朝はその流れは霧のためにちっとも見えなかった。そしてただ、せせらぎの音ばかりが絶えず聞えていた。私はやがて小さな
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